コラム

Column

第163回 企業価値担保権について(新制度の概要)

はじめに

 担保法制に関し、近時重要な法改正作業がなされている。
 その一つは、法制審議会で行われている担保法改正作業であり、現在も審議中である[1]
 もう一つが、企業価値担保権という制度を導入することであったが、この制度を含む「事業性融資の推進等に関する法律案」が本年5月21日に衆議院を通過し、6月7日に参議院で可決され成立した。公布後2年半以内に施行されるものとされている。これからは、法律の円滑・適切な施行に向けて、取組を進めていくこととなる。
 そこで、この法制度の概略について紹介することとしたい。なお、この原稿は、金融庁のホームぺージにある同法律案の説明資料をベースとしていることをお断りさせていただく。
 また、この法律には、企業価値担保権(第三章)の創設のほか、①基本理念・国の責務(第一章)、②事業性融資推進本部の設置(第五章)、③認定事業性融資推進支援機関制度の導入(第四章)などが規定されているが、本稿では、これらの説明は割愛させていただく。
 

1 何が問題か
  わが国では、不動産(土地、工場など)、動産などの有形資産に対する評価方法や基準は一
 定標準化しているといえる。これに対して無形資産(いわゆる人的資本、知的財産権、ビジネ
 スモデルなど)、に対する評価方法や基準はまだ定立しているとは言えない状況にあるといえ
 る。ところで、スタートアップ企業など、企業を立ちあげたばかりの段階では有形資産を有し
 ていない場合も多い。このような企業に対しては、事業性を評価した融資の需要が多くあると
 いえる。そこで、このような融資先については、事業性を評価し、担保・保証によらない融資
 が求められている。

 
2 現状
  現在よく利用されている融資は、代表者等の保証による融資、信用保証協会の保証付き融
 資、不動産を担保とする融資などである。
  これらは有形資産(土地、工場等)を担保として認識した融資といえる。これに対し、事業
 を評価して行う融資は、担保を取らない(無担保)融資となる。
  さらに無形資産(ノウハウ・顧客基盤等)を含む事業全体を評価してこれを担保として認識
 した融資を考えるのが、企業価値担保権を活用した融資である。これにより、無形資産もその
 担保価値が評価され、融資が実行されることになる。事業に対する貸し手の関心が高まり、タ
 イムリーな経営改善支援が期待されるものとされる。
  このように、主にスタートアップから中堅・中小企業までのゾーンについて、不動産担保や
 経営者保証に依存することなく、借入人の事業を理解し、企業価値に基づいた融資を導入した
 いという思いが立法の背景にあるようである(堀内秀晃「特集 担保法改正中間取まとめを読
 む 事業担保制度と金融実務」 事業再生と債権管理179号(2023年1月5日号)62
 頁以下ご参照)。

 
3 どのような場合に融資が利用されるのか
  このような事業価値担保融資の対象として想定されているのは、次のような場面とされて
 いる。
 ① スタートアップ
 ② 事業承継
 ③ 事業再生
 ④ 経営改善支援
 ⑤ プロジェクトファイナンス

 
4 企業価値担保の内容
  企業価値担保権の内容は、以下のとおりとされている。
 ① 有形資産に乏しいスタートアップや、経営者保証により事業承継や思い切った事業展開
  を躊躇している事業者等の資金調達を円滑化するため、無形資産を含む事業全体を担保と
  する制度(企業価値担保権)を創設する。
 ② 企業価値担保権を活用する場合、債務者に粉飾がある等の例外を除いて、経営者保証の
  利用を制限する。
 ③ 企業価値担保権の設定に伴う権利義務に関する適切な理解や取引先等の一般債権者保護
  等、担保権の適切な活用を確保するため、新たに創設する信託業の免許を受けた者を担保
  権者とする。
 ④ 担保権実行時には、企業価値を損なうことがないよう、事業継続に不可欠な費用(商取
  引債権・労働債権等)について優先的に弁済し、事業譲渡の対価を融資の返済に充てる。

  さらに補足説明すれば、以下のとおりである。
 ① 担保の対象は総財産である。すなわち、(将来取得財産も含め)将来キャッシュフロー
  を含む事業全体の価値を担保にとるものである。
 ② 借り手(債務者・設定者)は、株式会社・持分会社(自己の債務を担保するためにのみ
  設定可とする)のみとされている。
 ③ 担保権者は、新設される企業価値担保権信託会社(銀行等には簡易な手続きで免許を交
  付)とされる。信託契約により企業価値担保権の設定がなされるとの建付けが採用され
  た。
 ④ 貸し手(被担保債権者)に、制限は設けられていない。銀行以外に、ベンチャー、再生
  ファンド等も利用することが可能である。
 ⑤ 対抗要件は、商業登記簿への登記である。他の担保権との優劣は対抗要件具備の先後等
  による。
 ⑥ 借り手の権限としては、担保目的財産の処分は基本的に自由とする。ただし、事業譲渡
  など、事業の内容を大きく変え、担保価値の棄損につながりうる通常の事業活動の範囲外
  の行為には、担保権者の同意を必要とする。
 ⑦ 貸し手の権限制約 粉飾等があった場合を除き、経営者保証の利用を制限する。

 
5 企業価値担保権の実行手続
  実際に担保権を実行する手続については、以下の内容となっている。
 ① 担保権の実行手続きの開始(事業継続しながら可能な限りや高い企業価値を維持)
  債務の弁済が滞った際、担保権を実行する場合には、担保権者が裁判所に申立てを行う。
 ② 管財人の選任  裁判所が事業の経営等を担う管財人を選任する。管財人は、事業の継
  続等に必要な商取引債権や労働債権等を優先して弁済する。
 ③ 管財人による事業譲渡  裁判所の監督の下、管財人は、事業の経営等をしながら、ス
  ポンサーへ事業譲渡する。すなわち、管財人としては、事業を解体せずに、事業を譲渡
  し、原則、譲受人は事業を一体として承継する。なお、事業譲渡の際には、裁判所の許可
  を得ることとなる。
 ④ 配当(貸し手…金融機関等)は、事業譲渡の対価から融資を回収する。
  管財人が事業譲渡の対価から、貸し手の金銭債権に充当する。なお、一般債権者等のた
  めに、事業譲渡の対価の一部を確保する。

 
6 今後の課題
  金融庁によれば、法が施行される2年半の間に以下の各点について、取り組むものとされて
 いる。
 ① 政府令を整備する。
  不特定被担保債権留保額(いわゆるカーブアウトと呼ばれている額)の水準等を規定する。
 ② 認定事業性融資推進支援機関の担い手等について
  具体的な支援内容や支援のために必要な能力について、各種業界団体等と共通認識を
  作った上で、担い手の候補となる関係者と丁寧に相談する。
 ③ 業界団体等と実務上の課題(以下のような点)を洗い出して対応を検討する。
  ・企業価値担保権を活用できる融資案件(ユースケース)
  ・企業価値の評価手法
  ・担保権信託契約のひな形
 ④ ガイドライン等を整備する。
  次の労働者保護の観点に留意する。
  ・担保権設定時における債務者と労働者とのコミュニケーションのあり方
  ・担保権実行時における管財人から労働組合等に対する情報提供のポイント
  ・実行時の管財人による換価において、事業を解体せず雇用を維持しつつ承継することを
   原則とする
 ⑤ 企業価値担保権の制度趣旨等に関する周知・広報を行う。
  ここでも労働者保護の観点に留意する。

 
おわりに

 すでに上記6で紹介したとおり金融庁においては、今後の課題について取り組むこととされているが、担保権者が債務者企業の価値を全部把握することになることからして、改めて以下の視点を踏まえた対応が望まれる(東京大阪四会倒産法部シンポジウムにおける井上聡弁護士の指摘(同資料「企業価値担保の使い勝手」)など)。

 ① 取引債権者その他一般債権者の利益、そして労働者の権利が害されることがないか。
 ② 担保権者が債務者に対し圧倒的な地位に立つことにより、債務者の経営権が害されること
  がないか。
 ③ 企業価値の評価は困難な場合があるのではないか。例えばスタートアップなどは実績が
  まだない段階で、将来のキャッシュフロー予測が可能なのかなどである。ニューマネーの
  出し手は本当にいるのか。
 ④ 債務者が破綻した時点では、企業価値がなくなり、担保として機能しないのではないか。


[1]  たとえば、沖野眞己「法制審議会担保法制部会における議論状況を受けて」(NBL1262号4頁以下をご参照)