コラム
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「中二病でも恋がしたい」というアニメ(注1)がありました。メインヒロインは「小鳥遊 六花」で「たかなし りっか」(注2)と読みます。このアニメには,ほかにも「丹生谷(にぶたに)」,「九十九(つくも)」,「五月七日(つゆり)」,「凸守(でこもり)」などいずれ劣らぬ,読めそうにない名字が出てきます。日本には,このような珍しい名字も含めて名字の種類が約30万種あるとも言われ,中国や韓国などに比べると圧倒的に多いようです。
日本語で家族の名称は,「名字(苗字)」ほかに,「姓」と「氏」とがあります。現代語の用法では,「名字」も「姓」も「氏」もほぼ同じ意味ですが,時代によっては違った意味で使われてきました。例えば,あの徳川家康は,「源朝臣徳川次郎三郎家康」といいますが,「源」が「氏」,「朝臣」が「姓」,「徳川」が「名字」,「次郎三郎」が「字(あざな)」(通称),「家康」が「諱(いみな)」(本名)となります。非常に大雑把にいうと,「氏」とは,血縁集団の名称であり,「姓」とは称号であり,「名字」が家族集団の名称ということになります。氏・姓には天皇から賜ったものという,名字には勝手に付けたものというニュアンスもあります。名字は自ら所縁の地名に由来するものが多いようです。
明治時代,従来からの氏や姓はあまり使われなくなっており,日本人は名字を名乗るようになりました。そして,明治31年に公布された旧民法が「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」(旧民法746条)と定め,「家」の呼称としての「氏」制度ができました。大雑把に言うとそれまでの「名字」が「氏」となりました。
現行法でも「氏」の制度は存続しました。法律上の「家」制度が無くなったので,「氏」は家の呼称でなく,個人の同一性を識別するための呼称となったと言われています。もっとも,①戸籍の編成が氏を基準としていること(戸籍法6条),②夫婦同氏制度があること(民法750条)及び③婚姻によって氏を改めた者が祭祀財産を承継した後に,協議上の離婚により復氏した場合(民法767条1項)には,祭祀主催者としての地位を失い,承継人を新たに定めなければならないこと(民法769条)などから,氏が単純に個人の呼称であるとは言い切れない面もあります。特に③は,氏が異なる者が祭祀を営むことを厭う国民感情を考慮したと言われ,家制度の名残としての性格が濃いものです。
現行の夫婦同氏制度については,婚姻時の改氏の不都合を訴えて、夫婦別氏(注3)を認めるべきではないかという声があります。反対に夫婦同氏制度の維持を望む声もあり,議論が続いています。平成8年,法務省の法制審議会は,婚姻時に夫婦同氏か夫婦別氏か選択できるが子供の姓は婚姻時に決めておくという制度(これを「選択的夫婦別氏制度」といいます。)を採用する民法改正案を答申しました。しかし,その後,何度も法案の提出があったものの,民法の改正にまでは至っていません。夫婦同氏は必ずしも日本古来の伝統という訳ではありません。武士は夫婦別氏が慣行であったとも言われていますし,夫婦同氏は明治の旧民法典の編纂過程で当時のドイツ法を継受しようとしたものです。しかし,夫婦別氏を認めるにあたっては,子供の福祉をどう考えるかという観点は重要です。選択的夫婦別氏制度について、もう少し国民の議論が深まることが必要であると思います。
(注1)
いい大人はこのようなアニメを見ないのかもしれません。しかし,このアニメはシャープの公式ツイッターにも紹介されています。因みに「中二病」とは,自らのアイデンティティを確立しようとする思春期(ちょうど中学2年生のころ)の少年少女達にありがちな,自意識過剰と幼児性とに由来する傍目からはちょっと「痛い」言動群のことです。私も実は中二病が完治していないような気がします。
(注2)
説明するまでもないかもしれませんが,たかなし→鷹がいない→小鳥が安心して遊ぶ→小鳥遊という言葉遊びです。このような言葉遊びは万葉集のころからの日本の伝統です。
(注3)
「夫婦別氏」を推進しようとする人たちは,「夫婦別氏」ではなく,「夫婦別姓」と言うことが多いようです。