コラム

Column

第65回 運転免許と医師の説明・指導義務

自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気にかかっている場合、運転免許の取り消し、あるいは6カ月以内で効力が停止されることがあります(道路交通法第90条、第103条。その具体的な運用基準は警察庁交通局運転免許課長の通達で示されています)。平成23年に栃木県鹿沼市で、クレーン車の運転者がてんかん発作による意識障害に陥り多数の小学生が死亡する痛ましい交通事故が発生しました。その後道交法改正により、免許の取得・更新に際して、一定の病気等に該当するかどうか判断するための質問票が交付され、虚偽の回答をした場合には罰則が科せられるようになりました(平成26年6月施行)。

警察庁のまとめでは、今年5月までの1年間に11万1489人が病状があると申告し、病状を理由にした免許の取り消しや停止などの処分は前年の2.5倍の7711件あったとのことです。

 

その質問票には、「病気を理由として、医師から、運転免許の取得又は運転を控えるよう助言を受けている」か否かという項目があります。統合失調症、てんかん、再発性の失神、無自覚性の低血糖症といった病気や認知症などが対象ですが、そこでは医師の診断や患者への説明が重要な意味をもちます。

先日、心臓植え込み型デバイスを植え込んだ患者と運転免許をめぐる問題について、医療関係の方々を対象とするセミナーに講演者として参加する機会をいただきました。植え込みデバイスとは、心臓ペースメーカー(PM)や植え込み型除細動器(ICD)といった医療機器で(ほかにも両室ペーシング機能付のCRT-Dなどもあります)、徐脈や頻脈など不整脈の治療に用いられ、日本循環器学会の調査では、わが国で年間6万件以上の植え込み術の実施件数があるそうです。

運転免許との関係でいいますと、PMは植え込んでも運転は原則可能ですが、ICDは不整脈に対するショック作動により一時的に身体のコントロールがきかなくことがあるため原則禁止とされています。自動車の運転は職業上あるいは日常生活の足として必要な人たちも少なくありません。運転が原則禁止とされる医療機器の植え込み手術に先立って、医師はどのような説明が必要なのか、植え込み後の療養指導に当たってどのような説明が求められるのか、医師の負う説明義務との関連で、治療に携わられている医師の方々は関心と悩みがあるとのことです。

 

ICDの植え込み術には、不整脈による発作の既往がない一次予防目的での植え込みと、不整脈発作の既往がある二次予防目的での植え込みに分けられますが、一次予防の場合は植え込み後30日は運転禁止、二次予防の場合は植え込み後6カ月は運転禁止であり、その後は医師の診断書があれば運転免許を取得できますが、運転可能となったのちは6カ月ごとに診断書の提出が必要です。また、大型免許、中型免許、第二種免許は常に運転不可です。ICDを植え込んでいなくても、不整脈発作の既往があったり、その可能性があるのにICD等を植え込まれていない人も、失神や生命の危険を伴う可能性があるため、免許センター等へ届け出はしていなくても当然に運転不可です。

したがって、タクシーや大型トラックの運転手は、ICDの植え込み術を受ければ、その後は同じ仕事を続けられなくなります。営業などで車を使用している人にとっても相当の制約になりますし、公共交通機関が十分でない地域に住んでいる人にとっては、日常の買い物や移動の足に支障が生じます。そのため、心不全症状がありICD治療が望ましいにもかかわらず、患者が治療を受け入れないケースがあり、そのような中で不整脈による発作で事故を起こした場合、医師が責任を問われることはないのか、医師はどこまで説明しフォローしておかなければならないのか、悩ましい場合があるとのことです。

 

また、ICD植え込み後に、今後は運転しないと言っていたのに、実際には運転をして交通事故を起こした場合、医師が責任を問われることがないのか、外来診察を受けに来た際の問診で、実は運転することがあると患者から聞かされた場合に医師はどうすればよいのか、医師から公安委員会に対する診察結果の届け出が必要な場合はどのようなケースか(医師の説明・指導にもかかわらず患者が運転を継続しているような場合に、医師が任意で診察結果を公安委員会に届け出ることができるとする道交法第101条の6の規定が平成26年6月から施行されています)等々、循環器を専門とされる医師たちにとって、患者の治療だけではなく職業や日常生活にも関わるだけに、割り切った答えを出すことは難しい問題のようです。

 

以上