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第116回 破産法における否認権

1 はじめに
顧問先の企業から、取引先が破産しそうな場合に何をしていいのか、逆にいうと、どのようなことをすれば後で破産管財人から否認されるのかというご質問を受けることがあります。そこで、今回のコラムでは、破産法(以下、「法」といいます)の否認権について取り上げてみたいと思います。

 

2 否認権の目的
破産手続開始決定前においては、本来、債務者は、自由に債務を弁済することができ、また自らの財産を自由に処分することができるはずです。しかしながら、このような原則を貫くと、破産手続開始決定がなされる直前に特定の債権者が債権の回収を行ったり、債務者が手元に資金を残すために自己の財産を廉価処分したりして、破産手続開始決定段階で破産財団が形成できないおそれが生じます。これでは、法の目的である関係者の利害調整や債務者の財産の公平な清算を図ることができません(法1条)。そこで、一定の要件の下、破産手続開始前に行われた行為の効力を否定して流出した財産を回復させ、債権者間の平等を実現するために否認権の制度が設けられました。

 

3 否認権の類型
否認権には大きく分けて2つの類型があります。1つは詐害行為否認と呼ばれるもので、もう1つは偏頗行為否認と呼ばれるものです。
詐害行為否認とは、債権者全体に対して責任財産を減少させる行為(詐害行為)を否認することをいいます。例えば、債務者が1000万円の土地を所有していたときに、これを親族に贈与すると、全債権者との関係で責任財産が減少する結果となります。このような場合が詐害行為の具体例です。
偏頗行為否認とは、債権者間の平等を害するような行為(偏頗行為)を否認することをいいます。例えば、債務者が1000万円の土地を所有していたときに、その土地を特定の債権者に対して代物弁済すると、代物弁済を受けない債権者との間で不平等が生じます。このような場合が偏頗行為の具体例です。
以下では詐害行為否認及び偏頗行為否認を中心に、否認権を規定した主要な条文について整理していきます。

 

4 詐害行為否認
⑴ 一般的な詐害行為の否認
詐害行為否認に関する一般的な規定として法160条1項1号があります。①破産者により詐害行為が行われ、②破産者がその詐害性を認識していた場合には、③受益者が破産債権者を害することを知らなかったときを除き、否認の対象となります。
①の詐害行為に該当するか否かは、行為の時期が実質的危機時期[1]に行われたものであること及び資産を絶対的に減少させるものであることという2つの要素から判断します。例えば、債務超過にもかかわらず、保有する財産を廉価で売却したり財産を不当に高い価格で購入するような行為は、上記2つの要素から詐害行為と判断されます。
⑵ 危機時期の詐害行為の否認
法160条1項2号は、危機時期(支払停止[2]又は破産手続開始申立ての後)に行われた行為に関する詐害行為否認を規定しています。①破産者により詐害行為が行われ、②詐害行為が行われたのが危機時期であった場合には、③受益者が危機時期にあったこと及び破産債権者を害することをいずれも知らなかったときを除き、否認の対象となります。
上記⑴の要件と比較すると、破産者の詐害意思(⑴②)が不要とされる代わりに、詐害行為が行われた時期が危機時期である必要があります(⑵②)。支払停止や破産手続開始申立があった場合(危機時期)には、責任財産を保全する必要性が明らかですので、そのような危機時期に詐害行為を行った以上、破産者の詐害意思を推認し得ると考えられるからです。
もっとも、支払停止後になされた詐害行為であっても、破産手続開始の申立日から1年以上前の行為であれば、②の要件は満たさないこととされています(法166条)。
⑶ 債務消滅に関する詐害行為の否認
弁済等の債務消滅行為は偏頗行為に該当するものの、責任財産のプラス・マイナスに影響はないため(資産は減少しますが、負債も減少します)、本来詐害行為否認の対象とならないはずです。しかしながら、代物弁済により債務に比して過大な財産が給付された場合には、責任財産が減少することになります。そこで、詐害行為否認の一類型として、法160条2項は対価的均衡を欠く債務消滅行為の否認を規定しています。
法160条2項は、①破産者が債務消滅行為を行い、②破産債権者が受領した給付の価額が消滅した債務の額より過大である場合には、③法160条1項各号のいずれかに該当するときは、詐害行為否認の対象になると規定しています(従って、⑵で述べたとおり、破産手続開始の申立日から1年以上前の行為であれば、否認の対象とならない場合があります)。
⑷ 無償行為の否認
破産者が経済的対価を受けることなく財産を処分したり、債務を負担することは、債権者に対する詐害性が極めて高いため、否認の対象とする必要性が高く、一方で、受益者にとっても対価なく財産を受け取っている以上否認されても公平に反しません。そこで、無償行為に対する否認を認めやすくするため、破産者及び受益者の主観的要件は不要とされています。
具体的には、法160条3項は、①支払停止等(支払停止又は破産手続開始申立)があった後、又はその前6か月以内に、②無償行為又はこれと同視すべき有償行為があったときは、否認の対象になると規定しています。
無償行為としては、債権放棄、使用貸借契約、贈与等が、無償行為と同視すべき有償行為としては、著しく廉価での財産の処分等が挙げられますが、特に問題となるのは会社経営者が会社のために個人保証をする場合です。最高裁の判例[3]では、会社経営者が会社のために個人保証をすることも無償行為として否認の対象になると判示されていますので注意が必要です。確かに、経営者個人に着目すると、対価を得ずに債務だけを負担することになるので、無償行為になりそうですが、個人保証ができなければ会社が融資を受けることができず、会社が倒産することになりかねません。このような場合には、無償行為として否認されるのを避けるため、会社から保証料を受け取り、対価を生じさせるという方法が考えられます。
⑸ 適正価格での処分行為の否認
⑷は無償行為を否認する場合でしたが、法161条は適正価格で財産を処分したときにも、一定の要件を満たす場合には否認できると規定しています。
即ち、①破産者が、財産隠匿等のおそれを生じさせるような財産の種類の変更を行った場合(例えば、不動産を売却して金銭に換えること等が該当します)、②破産者が財産隠匿等の意思を有しており、③相手方がそうした破産者の意思を知っていた場合には、適正価格での処分行為も否認の対象となります(法161条1項)。なお、破産者から財産の処分を受けた相手方が一定の地位にある場合(例えば、破産者の親族であったり、破産者が法人であった場合には、その取締役であったとき等)には、③の要件が推定されます(法161条2項)。

 

5 偏頗行為否認
⑴ 一般的な偏頗行為の否認
偏頗行為否認に関する一般的な規定として、法162条1項1号があります。①破産者が支払不能又は破産手続開始申立の後に、②既存債務について担保の供与又は債務の弁済を行った場合、③破産債権者が支払不能又は破産手続申立を知っていたときには、否認の対象となります。
①の要件については、支払停止があった場合には支払不能であったと推定されます(法162条3項)。③の要件については、破産債権者が一定の地位にある場合には悪意が推定されます(法162条2項1号)。なお、租税等を支払うことは偏頗行為否認の対象とはされません(法163条3項)。
⑵ 非義務偏頗行為
偏頗行為のうち、①破産者に義務がないもの又は義務がない時期のもので、②支払不能となる前30日以内に行われた行為については、③破産債権者が他の破産債権者を害する事実を知らなかった場合を除き、否認の対象となります(法162条1項2号)。
破産者に義務がない場合としては、金銭消費貸借契約があるものの、担保提供について合意がないときに、破産者が担保を提供する場合が挙げられます。破産者に義務がない時期の場合としては、期限前弁済が挙げられます。

 

6 その他の否認
⑴ 対抗要件の否認
これまで述べてきたのは権利変動についての否認でしたが、対抗要件の具備についても否認の対象となります(法164条)。権利変動の根拠となる原因行為を行っていながら、対抗要件は具備せず、破産者が支払不能になった段階で急に対抗要件を具備するケースがあります。しかしながら、このような行為を許せば、対抗要件が公示されていないことより対象財産が責任財産から逸出していないと信じた債権者の信頼を害することになります。
そこで、①破産者の支払停止等の後、②権利変動の日から15日を経過して対抗要件具備行為が行われた場合、③受益者が支払停止等の事実を知っていたときには、否認の対象となります。
⑵ 執行行為の否認
詐害行為や偏頗行為は、破産債権者が債務名義に基づいて行った執行行為により実現された場合でも他の破産債権者が弁済を受けられなくなるというデメリットに違いはありません。そこで、法165条は執行行為の否認を規定しており、執行行為がこれまでに述べた各否認類型の要件に該当する場合には、執行行為も否認の対象となります。但し、破産手続では担保権は別除権として保護されていますので、担保権の実行については否認権の対象にはならないと解されています。

 

7 債権者として注意すべき点
⑴ 以上、否認権の主な類型を概観しましたが、取引の当事者として否認権に関して気をつけるべきことは何でしょうか。
⑵ 債権者の立場で債権回収が必要となる場合は、当然のことですが、債務者の与信情報を日常的にチェックし、資産状況の悪化が窺われたときには、早期に回収を行うということです。取引先から弁護士の受任通知が来て(=支払停止)驚いて債権回収を検討するというのが一般的ですが、その時点では支払不能と推定されますので、債権を回収しても否認の対象となります(5⑴)。逆に言えば、支払停止になる前に回収をしておけば、否認の対象となるリスクは相当程度減少させることができます。勿論、弁済期になる前に債権を回収すると、非義務的時期の偏頗行為として否認されるリスクもありますが(5⑵)、その場合でも支払不能となる30日以上前に回収をしていれば否認の対象とはなりません。いずれにしても、早期に回収をしてしまうということが否認を避ける最も有効な手段であると言えます。
但し、債権回収の時期が遅れたからといって、債権回収をあきらめる必要はありません。勿論否認されるリスクは高いですが、管財人が見過ごすかもしれませんし、否認権を行使されたとしても、和解により多少有利な条件で解決できる可能性もあります。債権回収を最初からあきらめてしまえば何も残りませんが、回収していれば、場合によっては一部回収の結果が手元に残る可能性があります。
⑶ 経営状態の苦しい取引先から安く不動産や商品を購入するという場合においては、適正な対価で財産を取得することが重要です。4⑷に記載したとおり、無償又は著しく安価な対価で財産を取得した場合には広く否認の対象となり、取得時点で破産者が支払停止になっていない場合でも、その後6か月以内に支払停止となれば否認の対象とされます。一方、適正な価格で購入した場合にも否認の対象となりますが(4⑸)、その場合には破産者に隠匿の意思があり、買主がこれを認識していた場合に限られます。通常の企業が、破産者に隠匿の意思があることを知りつつ、あえて財産を取得することは考えにくいため、適正な価格での取得をしていれば、後で否認されるリスクは相当程度減らすことができます。
では、経営状態の苦しい取引先から不動産や商品等を購入する際に、平時の価格と同一でないと常に否認されるのでしょうか。それでは取引をするメリットがないようにも思えます。この点、「適正な価格」は市場価格であることが原則ですが、バルクセールのように、処分の時期や目的等による合理的なディスカウントは許容される可能性があります。また、そもそも市場価格を正確に把握できない財産もあります。そのため、合理的な根拠をもって取得価格を決めており、著しく安価でなければ、相当程度否認のリスクを避けることができるといえます。
⑷ 詐害行為否認及び偏頗弁済否認に共通するポイントとしては、債務者の資産状況を正確に理解しておくということが重要です。債務者が実質的危機時期にあるのか、それともまだそこに至っていないのか、それとも支払不能となっているのかによって取り得る手段が異なりますので、正確な事実関係を把握することが方針決定の第一条件となります。そして、事実関係を把握した際には、そのエビデンスを残すことも重要です。万一、管財人から否認権を行使された場合でも、エビデンスをもって否認権行使の主観的要件を争うことができれば、否認を免れ、または有利な条件で和解できる可能性があります。

 

8 最後に
以上、否認権の主要な類型を条文に基づき概観しましたが、否認がなされる場合は多々あり、その要件も複雑ですので、債権回収の前に専門家に相談することも有効です。否認権が行使される場合を正確に把握した上で、積極的に債権回収や取引を行うことが重要だと考えます。

以上


[1] 実質的危機時期をどのように理解するかについて2つの考え方があります。1つは、既に債務超過となっている場合又は当該行為により債務超過になる場合と考える見解です。もう1つは、支払不能や債務超過の状態が発生し、又はその発生が確実に予測される場合と考える見解です。

[2] 支払停止とは、支払不能であることを外部に表明することをいいます。弁護士による受任通知、2度目の手形不渡り、事業停止の連絡等が該当します。

[3] 最判昭和62年7月3日