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第132回 民法改正と実務対応~②消滅時効~

前回に引き続き、民法改正の重要トピックについて解説します。今回のテーマは消滅時効です。なお、以下に条文を引用する場合、「旧民」とは現行民法を、「新民」とは改正民法を指します。同様に、「旧商」とは現行商法を、「新商」とは改正後の商法を指します。

1 はじめに
消滅時効とは、一定期間権利が行使されない場合に、その権利の消滅を認める制度をいいます。日常の場面で消滅時効を意識する機会は少ないかもしれませんが、ビジネスの場面では、品質問題等のトラブル発生後に取引先と費用負担の交渉をする際、消滅時効が問題となることが珍しくありません。また、日常生活を営む中では、交通事故で損害賠償を請求する際、貸金の返還を請求する際、不貞行為に対して慰謝料請求をする際等に消滅時効が問題となるケースがあります。
権利が時効により消滅すると、権利者は有していた権利を失うことになります。企業間の取引では取引先に対する億単位の損害賠償請求権が問題となる場合がありますが、その権利を失うというのは大きな不利益となります。そのため、消滅時効に関してどのような改正がなされたのかを確認し、対応を誤らないことが重要です。

2 消滅時効に関する主な改正点
消滅時効に関する主な改正点は次の通りです。
①時効期間と起算点の見直し
②職業別短期消滅時効の廃止
③時効障害事由の見直し
④協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の新設

3 時効期間と起算点の見直し
⑴ 現行民法の規定
現行民法では、一般の債権は、権利を行使できる時から10年で(旧民166条1項、旧民167条1項)、商行為上の債権であれば、権利を行使できる時から5年で時効が完成します(商事時効。旧商522条)。この規定に従うと、購入した商品に不具合があるケースでは、民法の適用がある場合は購入の時から10年で、商法の適用がある場合は購入の時から5年で債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効が完成することになります。[1]

⑵ 改正民法での規定
一方、改正民法では、債権の消滅時効が完成する時期を
ⅰ)権利を行使することができる時から10年
ⅱ)権利を行使することができることを知った時から5年
のいずれか早い方としました(新民166条1項)。
また、改正商法では、商事時効の制度が廃止されました。
その結果、購入した商品に不具合があるケースでは、商品購入時から10年または商品の不具合を知った時から5年のいずれか早い時点で時効が完成することになります。[2]

⑶ 改正への対応
ア 時効の起算点・時効期間の確認
上記のような、購入した商品に不具合があるケースで分かるとおり、商事時効制度が
廃止されたことに伴い、企業間の取引では消滅時効の完成が遅くなるケースが出てきま
す。そのため、特に債権者の立場にある場合は、
・いつから時効がスタートするのか(時効の起算点)
・何年で時効が完成するのか(時効期間)
に注意を払うことが必要です。
イ 証拠の保全
時効の起算点に「権利を行使できることを知った時」という主観的な要素が加わった
ことにより、「権利を行使できることを知った時」がいつなのか、当事者の認識に齟齬
が生じてトラブルにつながる可能性があります。特に、「権利を行使できることを知っ
た時」から5年経過した時点が「権利を行使することができる時」から10年経過した時
点よりも早いケースでは、「権利を行使できることを知った時」を基準に時効の完成時
期が決まりますので、「権利を行使できることを知った時」が重要な意味を持ちます。
従って、「権利を行使できることを知った時」がいつかを証明できるよう、関連する証
拠を残しておく必要があります。例えば、購入した商品に不具合があるケースでは、販
売元から不具合について通知を受けたメール、不具合について一報を入れた社内メール
、外部専門家や社内の技術部門による不具合の分析報告書等があれば、これを保存して
おくべきです。社内で契約書や各種データの保存期間が決まっている場合には、この機
会に保存期間の見直しを再検討する必要があるかもしれません。

⑷ 時効期間の特則
上記のように、改正民法の時効期間は、権利を行使することができる時から10年または権利を行使することができることを知った時から5年のいずれか早い方とされましたが、生命・身体の侵害に対する損害賠償請求権は特則が設けられ、
ⅲ)損害及び加害者を知った時から5年
ⅳ)権利を行使することができる時から20年
のいずれか早い方とされました(新民167条)。この期間は債務不履行に基づく損害賠償請求権のみならず、不法行為に基づく損害賠償請求権にも当てはまります(新民724条の2。不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間は、原則として、損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年と定められていますので(新民724条)、上記ⅲ)、ⅳ)の期間は例外的な規定という位置づけです)。
これにより、医療事故、交通事故、労災事故等による損害賠償請求の場合に時効期間が変わるケースが出てきます。例えば、医療事故が発生して債務不履行責任が問題となる場合、これまで10年だった時効期間が5年になるケースがあります。交通事故が発生して不法行為責任が問題となる場合、これまで3年であった時効期間(旧民724条)が5年になるケースがあります。労災事故が発生して安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任が問題となる場合、これまで10年だった時効期間が5年になるケースが出てきます。

4 職業別短期消滅時効の廃止
⑴ 現行民法の規定
現行民法では、債権の消滅時効の期間は原則として10年ですが、債権の種類によっては例外的に時効期間が1年~3年と規定されています(「職業別短期消滅時効」といいます。旧民170条~174条)。例えば、運送賃に関する債権は1年で(旧民174条3号)、工事に関する債権は3年で(旧民170条2号)時効が完成すると定められています。そのため、例えば、工事をした者が支払日に工事代金の請求を忘れて3年以上経過したような場合、既に時効が完成しているので、利用者に時効を援用されて支払を拒否されることになります。

⑵ 改正民法の規定
職業別短期消滅時効については、そもそも制度の合理性に疑いがもたれ、また職業別短期消滅時効に該当する債権か否かの判断が容易でないという問題点が指摘されていましたので、改正民法では職業別短期消滅時効の制度を廃止しました。そして、上記のとおり、時効期間を
ⅰ)権利を行使することができる時から10年
ⅱ)権利を行使することができることを知った時から5年
のいずれか早い方に統一しました(新民166条1項)。
その結果、工事をした者が支払日に工事代金の請求を忘れて3年以上経過したという事例では、ⅰ)支払日から10年、ⅱ)支払日から5年のいずれか早い方、即ち、支払日から5年で時効が完成しますので、支払日から5年が経過していなければ、工事代金の請求が認められることになります。このように、職業別短期消滅時効の対象であった債権は、少なくとも5年間は時効で消滅しないことになりました。

⑶ 改正への対応
職業別短期消滅時効制度が廃止されたことにより、職業別短期消滅時効制度の対象であった債権については、従前より時効期間が長くなります。したがって、そのような債権の債権者となるケースでは、時効が完成しにくくなりますので、安易に時効期間が経過していると判断して請求を断念することがないよう注意する必要があります。また、もし職業別短期消滅時効制度を前提に書類やデータの保管期間を短く設定しているのであれば、その保管期間の延長を検討する必要があるかもしれません。

5 時効障害事由の見直し
⑴ 現行民法の規定
現行民法では、時効の進行や完成を妨げる事由(時効障害事由といいます)として、「中断」という制度と「停止」という制度があります。
時効の「中断」とは、それまでの時効の進行が意味を失い、新たに時効が進行することをいいます。時効の中断事由としては、請求、差押え、仮差押え又は仮処分、承認が規定されています(旧民147条)。
時効の「停止」とは、権利者が時効の中断をできない事由がある場合に、その事由が消滅して一定期間が経過するまで時効の完成を延期することをいいます。時効の停止事由としては、天災があったことや未成年者に法定代理人がないこと等が規定されています(旧民158条~161条)。
このうち、時効の中断事由については、その事由によって中断の効果に違いがあると言われていました。即ち、債務者が債務を承認した場合は、直ちに従来の時効期間がリセットされて新たな時効期間が進行することになります(いわゆる、時効の「更新」)。他方、債権者による裁判上の請求(旧民149条)がなされた場合は、判決が確定するまでの間時効の完成が猶予されるだけであり(いわゆる、時効の「完成猶予」)、裁判上の請求があったことにより時効期間がリセットされることはありません。時効期間がリセットされるのは、裁判が確定した場合です(旧民157条2項)。このように、時効の「中断」は整理が必要な状況にありました。

⑵ 改正民法の規定
改正民法では、上述した現行民法の問題点に対応するため、従来の時効の「中断」制度を見直し、「完成猶予」と「更新」という2つの概念に従って整理しました(新民147条~150条、152条~154条)。また、現行民法で時効の「停止」とされていたものは、正に時効の完成を猶予するという制度であるため、改正民法では「完成猶予」として規定し直しました(新民158条~161条)。

⑶ 改正への対応
時効障害事由の見直しは概念の整理が目的であり、実態に変更はありませんので、特段の対応は不要だと思います。

6 協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の新設
⑴ 現行民法の規定
当事者間で権利の有無や範囲について争いがある場合、まずは協議を行うことが一般的ではないでしょうか。特に、取引上の相手方との間で損害賠償が問題となる様な事案では、今後も取引を継続することが考えられるため、いきなり訴訟を提起するのではなく、協議による解決を試みるケースが大半だと思います。
しかしながら、例えば購入した製品の不具合に基づく損害賠償請求権に関して協議を行う場合、不具合の原因の解析に時間を要したり、その原因について責任を負う者を特定するのに時間を要することがあります。また、責任主体が明確になったとしても、損害額について当事者間で折り合いがつかないことも珍しくありません。特に複雑な製品の売買やプログラムの開発委託等では、交渉開始から妥結までに数年を要することが多々あります。
このような場合に、時効完成前に、当事者間で消滅時効を主張しない旨の合意をして協議を継続することがありますが、こうした合意の効力は否定されると考えられます(旧民146条)。ビジネスの場面では、互いの信頼関係に基づき、このような合意が尊重されている実情がありますが、訴訟になった場合はその効力が争われると考えておくべきでしょう。
そのため、当事者間で話し合いがつかないまま時効の完成が近づくと、権利を主張する者は時効の完成を阻止するためだけに調停を申し立てたり、訴訟を提起しなければなりませんでした。このような不本意な訴訟提起等は自主的な解決を妨げるだけでなく、当事者に訴訟提起等に伴う手間、時間、費用の負担を強いることになっていました。

⑵ 改正民法の規定
そこで、改正民法は、当事者間で権利について協議を行う旨の合意を書面で行った時には、次のいずれか早い時まで、時効を完成させないという制度を新設しました(新民151条1項)。
ⅰ)合意があった時から1年を経過した時
ⅱ)合意において当事者が協議を行う期間として定めた期間を経過した時
ⅲ)当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知がなされてから6か月を経過した時
これにより、権利について協議を行っている当事者は、書面で合意することにより、一定期間時効の完成を猶予させることができるようになりました。合意は書面または電磁的記録によって行わなければなりませんが(新民151条1項本文)、書面等の形式に特段の定めはなく、署名や押印も必要とされていませんので、電子メールでも協議を行う旨の合意をすることができます。

⑶ 改正への対応
ア 権利を主張する者の対応
改正民法により、協議を行う旨の合意による時効の完成猶予が新設されましたので、
権利を主張する者は、時効の完成が近づいた場合、協議の継続を希望するのであれば、
相手方に権利についての協議を行う旨に合意するよう求めることになります。このとき
協議期間を定めるのであれば、1年に満たない期間を定めなければなりません(新民
151条1項2号。1年以上の期間を定めた場合には、途中で相手方から拒絶の通知がない
限り、合意から1年で時効が完成します)。予め合意した期間内に協議がまとまらない
場合は、時効の完成が猶予されている期間中に再度の合意をすることで時効の完成猶予
を延長できますが、本来の時効完成時から5年を超えて延長することはできません(新
民151条2項)。なお、本来の時効期間経過後に、催告によって時効の完成が猶予され
ている場合には協議を行う旨の合意による時効の完成猶予は利用できません(新民151
条3項)ので、時効の完成猶予の合意をしようとする場合には、本来の時効完成時より
も前(又は、完成猶予の合意により時効完成が猶予されている間)に合意する必要があ
ります。

イ 権利を主張される者の対応
権利を主張する者から、協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の提案を受けた場
合、権利を主張される者としては、そのような合意に応じるか否かを慎重に判断すると
思いますが、一番気をつけなければならないのは、知らないうちに協議を行う旨の合意
を行ってしまうことです。上記のとおり、協議を行う旨の合意は、(紙の)書面で行う
必要はなく、電磁的記録でも行うことができます。そのため、権利を主張する者から協
議を行いたいという内容の電子メールを受け取った時に、これに応じたと受け取られる
内容の返事を安易に出してしまうと、後々時効の完成を主張しても認められなくなる可
能性が生じてしまいます。特に電子メールには、協議を行う旨の合意による時効の完成
猶予の事だけが記載されているとは限りませんので、他の事項について了承する意味で
返事を送ったのに、協議を行うことについても了承したと評価される危険性があります
交渉相手と電子メールでやりとりする際は誤解を受ける記載をしないよう注意が必要で
す。

以上

 


[1] 実際の取引の場面では、瑕疵担保責任の規定や検査義務の問題等が生じますが、本コラムでは事案をシンプルにするため、以下ではこれらの点を省略しています。

[2] 実際の権利行使の場面では、契約不適合責任における通知等も問題となりますので、ご注意下さい。