コラム

Column

第152回 倒産手続のIT化について

はじめに

(1)倒産手続のIT化とは
倒産手続のIT化とは、明確な定義はないと思われるが、一般には倒産手続において、ITを活用して、手続の合理化を行い、手続の主催者、参加者などの関係者の手続的および経済的な負担を軽減させるものといえる。
社会のデジタル化の影響は、立法、行政のみならず、司法の分野にも及んでいる。IT機器を有効に利用して効率的で利便性のある手続とすることにより、司法へのアクセスをよりよくすることは国民からも求められているといえよう。
ただ、倒産手続は平常時には必要がないものといえるので、運用改善を超えて法改正をすることまではあまり考えられていない。
しかしながら、「備えあれば憂いなし」といえるので、平常時から非常時に利用される倒産手続の改善点を探求し、まずは運用上の改善を行い、立法化が必要なものについては、その準備を行うことが求められるといえよう。
特に倒産手続に関与する機会のある裁判所、破産管財人などの関係者においては、関与した事件を通じて、仮にIT化ができれば、より効率化、合理化を実感できると思われる。まずは倒産手続の主催者である裁判所、ステークホルダーとしての破産管財人が中心となって問題点の抽出とその対応策を検討することから始めることが必要である。

(2)研究会報告(中間とりまとめ)の公表
ちょうどこの問題については、事業再生研究機構の研究会として発足した「倒産手続のIT化研究会」(座長杉本純子日本大学法学部教授、以下「IT研究会」という)が2018年11月以降検討を行っている。この研究会は研究者、倒産実務家等により構成されているが、精力的な検討が続けられており、これまで中間取りまとめが2回にわたり(2019年9月1月、2021年10月15日)公表されている。
私自身が大型倒産事件を経験したのは、多数の預託金債権者がいたゴルフ場の民事再生事件・会社更生事件、個人の高齢者の債権者が多数いた破産事件(これらの中には、①当初は民事再生、その後廃止され破産となったケース、②当初は民事再生、その後会社更生に手続移行したケースがある)などごく限られたものである。
したがって、倒産手続IT化について高い問題意識をもって検討され、既に公表されている上記の研究会報告書(「中間取りまとめ」については、第1回目がNBL1156号12頁以下、1157号33頁以下、第2回目がNBL1207号15頁以下、1208号27頁以下に杉本座長による要約が掲載されており、大変参考になる。)の検討結果をもとに検討することにする。

(3)破産手続を検討する
倒産手続としては、任意整理と、法的手続として破産のほか民事再生、会社更生、特別清算があるが、さしあたり破産手続のみについて言及することとしたい。
なお、訴訟手続以外の非訟手続についても、訴訟手続に準じて商事法務研究会において「家事事件手続及び、民事保全、執行、倒産手続等IT化研究会」において検討がされている。また報道(2021年12月9日朝日新聞朝刊)によれば、東京、大阪、名古屋、福岡の4家庭裁判所で、2021年12月中旬以降試験的にオンラインによる家事調停が行われるとのことである。
また以下の論述においては、新型コロナウイルス感染症の影響、対策は考慮しないものとする。
1 民事訴訟手続のIT化の現状
現在、民事訴訟手続のIT化に向けての法改正が進行中である。この改正は、内閣官房
に発足した裁判手続等のIT化検討会により、2018年3月30日に「裁判手続のIT化
に向けた取りまとめー『3つのe』の実現に向けて」が公表され、2020年6月から
法制審議会で議論がなされることとなった。現在、法制審議会において、訴えの提起か
ら判決までの全面的なIT化を目指して、審議が継続している。すでに次の内容を盛り込
んだ中間試案が2021年2月19日に取りまとめられ、パブリックコメントに付され
た。なお、2022年度中の法改正が予定されている。

①e提出 (訴状等をオンラインで裁判所に提出する制度)
②e法廷(当事者双方の期日へのウェブ参加を可能とする制度)
③e事件管理(訴訟記録を電子化し、訴訟当事者にオンラインアクセスを認めて訴
訟記録の閲覧等ができる制度)
2 倒産手続の現状
これまでは特殊な事件を除いては、倒産事件手続においてITやシステムを採用された
ことが公表された例はないと思われる。
裁判所、破産管財人など関係者の創意工夫により事件の進行管理などがなされてきた
ものといえる。
私自身の経験からすれば、Eメールが社会に普及するにつれて債権者からEメールによ
る質問や連絡がなされるようになった。これに対しては、特に問題がなければ、Eメー
ルで返信するようにしている。
このように破産事件をはじめとする倒産手続においても、申立代理人、破産管財人な
どとして弁護士が関与する場合に、債権者との連絡手段としてEメールが利用されるこ
とが増えてきているように思われる。
更には大型事件では先行事例として破産財団の負担でシステムを構築するなどして対
応した例が紹介されている。
また、債権者数が数万人などの場合に、郵送に係る費用が高額になることもあり、破
産管財人がホームページを開設してWEBによる案内をすることも実際に行われてい
る。
これらの現状を超えて倒産事件一般にもIT化を図る必要があるかは一つの問題といえ
よう。全倒産事件について手続をシステマチックにIT 化することが必要かということ
である。この点については、将来的にはそのように法改正するとして、当面は必要な事
件において、できるところから段階的に対策をとるという手法が現実的ではないかと思
われる。
「中間とりまとめⅡ」(42頁)によれば以下のような対応が一部現行法下でも実行
され、あるいは今後実行されることが想定されている。

①メールによる開始通知及びその他の通知(認否通知等)の一括送信
②届出債権者と破産管財人が認識する債権者の同一性の確認(いわゆる破産手続に
おける本人確認)
③届出債権者による、オンラインシステム上での届出事項・変更事項の入力
④オンラインシステム上での債権者名義変更手続
⑤債権届出内容及び破産管財人認識額を突き合わせて、債権認否一覧表を作成する
手続(いわゆる自動認否機能)
⑥届出債権者による、オンラインシステム上の配当に必要な口座情報等の入力
⑦認否書に基づく配当表の自動作成及び債権者管理システム上での配当計算
3 倒産手続のIT化を目指して
以下、「中間とりまとめⅡ」による検討をもとに主なIT化について紹介する(詳細は
2つの「中間とりまとめ」を参照されたい)。

(1)民事訴訟法の改正に従って改正される手続
倒産手続において、上記の民事訴訟手続のe提出、e事件管理に相当する手続があ
り、その内容は、以下のとおりである。これらの手続については、民事訴訟手続に準
じて行うことが考えられる。そこで、さしあたりは現在行われている民事訴訟手続の
IT化を踏まえて検討することでよく、倒産手続について先行して独自に検討する必要
はないものと考えられる。
①e提出(申立書・報告書・許可申請書等の電子データによる提出
債権者一覧表・財産目録等添付書類の電子でデータによる提出)

申立人または破産管財人、再生債務者等及び更生管財人(以下「管財人等」とい
う)が裁判所に提出する申立書、報告書及び許可申請書等は、電子情報で提出するこ
とになる(原則)。

②e事件管理(事件記録を電子データで保管
随時かつ容易に事件記録のデータにアクセス
管財人・利害関係人等が倒産事件の進捗状況を確認)

裁判所は、倒産事件の記録の保管を電子情報で行う。
もっとも、電子情報による記録の管理にあたっては、倒産手続が原則非公開であ
り、記録の閲覧・謄写請求できる者が限定されていること、債権者一覧表等に個人情
報が掲載されていること、および営業秘密等が記載されている可能性があることへの
配慮が必要である。

(2)倒産手続に固有の手続について
これに対して、倒産手続には、民事訴訟手続にはない「債権届出」、「債権者集
会」、「配当手続」がある。これらの倒産手続固有の手続のIT化については以下の内
容とすることが考えられる。
①e集会(e投票を含む)
これは、ウェブ会議システム等を利用して債権者集会をライブ中継したり、債権
者によるリアルタイムでの議決権行使を認めたり、さらには債権者集会後にその録
画を事後配信することなどを行うことをいう。
これにより、裁判所での債権者集会を、ウェブ上で生中継し、遠隔地に所在する
債権者が容易に債権者集会に参加できるようにする。
この際、ウェブ上でリアルタイムに議決権行使ができるような工夫(e投票)も
求められる。
留意点としては、民事訴訟手続とは異なり、倒産手続は原則非公開であるため、
債権者集会を視聴できる者の範囲を制限する必要がある。また、債権者に対する十
分な説明と情報公開が求められる。このように債権者集会を裁判所で行うことを要
せず、ウェブ上で行うことも検討に値する。
同様な制度としては、オンラインによる株主総会で議論されていることが参考に
なり、また具体的なイメージがしやすいのではないかと思われる。
ただ、財産状況報告集会については、代替措置として債権者に対する任意の説明
会、書面の送付、備置きなど適当な措置を行えばよいので(例えば破産規則54
条)、e集会が実現するまではこのような代替措置を利用することが考えられる。

②e届出
これは、オンライン債権届出システムを構築したうえで、電子データによる債権
届出・認否等の管理、さらには配当通知等の電磁的方法による通知を行うことをい
う。
これにより債権者がオンラインで簡易に債権届出が可能となる。
その結果、裁判所の事務負担及び債権者の手続上の負担が軽減される。ただ、前
提としてオンライン債権届出システムを構築することが必要となる。

③e情報提供
これは、債権者がアクセス可能なウェブサイトやクラウド上に、管財人等が債権
者に提供可能な情報を(説明会の録画等も)アップロードするなどの方法による。
また、上記のとおりウェブ会議システム等の利用により債権者説明会の配信、事
後配信(説明会に出席(参加)できなかった債権者のために)によることもある。
4 法改正がなされるまでの対応
現在の債権届出、調査は紙による手続、債権者集会は一定の会場で開催される手続を
前提にしているものと考えられる。したがって、e届出、e集会、e情報提供について
は、立法化が必要といえる。2つの「中間とりまとめ」でもふれられているように、IT
化の本格実現まではある程度時間がかかるものと想定される。
そこで、以下のような本格実現までのロードマップを策定の上、対応することが妥当
であろう。
①現行法下で可能な試行
②現行法下での導入
③立法による実現

① では大型事件の中で適当な事件を選定し、試行をすることになるが、当面は破産
事件であれば、破産管財人の理解と協力が必要不可欠となる。
また、破産財団の負担を伴うことになるので、そのような支出が可能な事案を選択す
る必要があろう。
② ①の試行を経て、そこで明らかとなった課題を解決したうえで、②の導入のステ
ージに移ることになる。ここでは大型事件以外の通常事件(ただし債務者が法人である
事件に限るかどうかは一つの問題ではないかと思われる)について対象を拡大すること
が考えられる。

以上