コラム
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第1 はじめに
取引では、取引先の品質基準を満たしていること、環境規制を遵守していること、
反社会的勢力との関わりがないことが求められます。近年では、製品や製造過程に
紛争鉱物の使用をしていないことの管理、開示が求められ、強制労働、人身取引、
搾取などをサプライチェーンからなくすことを求められるようになってきました。
2015年にはコーポレートガバナンス・コードへの対応が必要となり、2016年には
女性活躍推進法に基づく行動計画や、自社の女性の活躍に関する情報の公表が求め
られるようにもなりました。
企業に対する社会的要請は、環境負荷の低減、労働規制の遵守、人権問題への配
慮等に広がり、要請の方法も、拘束力のある法律、ソフトロー、国連の目標、投資
基準等、さまざまな形で、企業に対する社会的要請が強まっています。
このような社会的要請を単にコスト増をもたらす課題としてとらえ、個別の対応
に追われるのではなく、世界の動きを踏まえ、企業価値の向上のため、戦略的に活
用していけないか。その観点から、今回のコラムでは、様々な社会的要請のうち女
性の活躍推進に焦点をあてて、多角的に検討します。
第2 女性活躍推進の動き
1 日本政府の動き
政府は、女性の活躍推進を重要課題の1つとし、企業に対して、女性の活躍推進
に関する情報開示を求めてきました。
2012年6月には、野田政権下で「『女性の活躍推進による経済活性化』行動計
画」が閣議決定され、同年7月に発表された「日本再生戦略」では「企業における
女性の活躍推進状況の『見える化』の促進」が盛り込まれました。
安倍政権発足後の2013年6月に発表された「日本再興戦略」では、女性の登用が
進むことが「これまで以上に多様な価値観を取り込む新たなサービス・製品の創出
を促進し、社会全体に活力をもたらす」とされ、施策の1つとして、女性の登用状
況の開示促進が盛り込まれました。政府の「『日本再興戦略』改訂2014-未来への
挑戦」においては、コーポレート・ガバナンスの強化と共に「女性の活躍推進」が
明示され、有価証券報告書において役員の女性比率の記載を義務づけることととも
に、コーポレート・ガバナンスに関する報告書において、企業における役員、管理
職への女性の登用状況や登用促進に向けた取組を記載するよう各金融商品取引所に
要請することが盛り込まれました。
2 有価証券報告書
上記を受けて、2014年10月に企業内容等の開示に関する内閣府令が改正され、
有価証券報告書における役員の男女別人数および女性比率の記載が義務づけられま
した。有価証券報告書は、金融商品取引法が上場企業等に事業年度ごとの作成・提
出を義務づけており、報告書は金融庁の電子開示システムEDINETなどで開示され
ます。
3 コーポレート・ガバナンスに関する報告書
日本再興戦略に基づくコーポレート・ガバナンス強化の動きの中で、東京証券取
引所は、2015年6月1日付で有価証券上場規程等の一部を改正し、コーポレートガ
バナンス・コードの趣旨・精神の尊重を求める規定(445条の3の改定)や、各原則
を実施するか、実施しない場合にはその理由をコーポレート・ガバナンスに関する
報告書において説明を求める規定(436条の3の改定)を定めました。それによっ
て、3月決算の会社は、コーポレートガバナンス・コードに対応したガバナンス報
告書を2015年12月までに提出することとなりました。
コーポレートガバナンス・コードは、5つの基本原則、30の原則、38の補充原則
(全73原則)からなり、そのひとつに「女性の活躍推進を含む社内の多様性の確
保」(原則2-4)が含まれています。原則2-4は、「社内に異なる経験・技能・属
性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保す
る上での強みとなり得る」という認識に基づきます。また、基本原則2「株主以外
のステークホルダーとの適切な協働」の考え方の中では、ESG(環境、社会、統
治)問題への積極的・能動的な対応についても言及されています。
「原則3-1 情報開示の充実」の中の開示項目には「(ⅳ)取締役会が経営陣幹
部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続」が挙げられ
ており、ここで女性を含む多様性の確保について言及することが考えられます。ま
た、「原則4-11.取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件」の「補充
原則4-11①」では、取締役会全体の「多様性及び規模に関する考え方」を定めて
開示するとされています。
コーポレートガバナンス・コードは、ソフトローであり、コードの内容をそのま
ま実施することを求めるものではありませんが、企業の姿勢を投資家に開示するこ
とによって、企業価値向上につながる各企業の取組を促進しています。
また、東京証券取引所は、2015年10月にガバナンス報告書の記載要領を一部改
訂し、記載例として、女性役員に関する現状に加え、管理職への女性の登用と、女
性の登用促進に向けた取り組みを追加しました。かかる記載例が記されることによ
って、これらの情報開示が促されることになりました。
ガバナンスに関する報告書は、東京証券取引所のウェブサイトで開示され、投資
家がコーポレート・ガバナンスに関する情報を一覧し、各社のコーポレート・ガバ
ナンス体制について比較・判断することを可能にしています。
4 女性活躍推進法
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」が2015年8月に成立し、常
用労働者301人以上の企業は、①職場における女性活躍の現状を把握、課題分析し
た上で、②行動計画を策定・届出・公表し、③自社の女性の活躍に関する情報を公
表することが義務づけられました。一般事業主行動計画を定めるにあたって把握す
べき事項としては、①採用した労働者に占める女性の割合、②男女の継続勤務年数
の差異、③労働時間の状況、④管理的地位にある労働者に占める女性労働者の割
合、という4つの必須項目の外に、男女別の採用における競売率、男女の人事評価
における差異、男女の賃金の差異など21項目が任意項目として挙げられています
(省令2条)。
この法律は、企業に対して何らかの数値目標を達成することを義務づけるもので
はありませんが、行動計画や自社の女性活躍推進に関する情報を公表させることに
よって、女性活躍推進の取組について企業間の比較を可能にし、それによって取組
促進をはかろうとしています。厚生労働省は、行動計画や、自社の女性の活躍に関
する情報を公表するにあたって、厚生労働省の「女性の活躍・両立支援総合サイ
ト」内の「女性の活躍推進企業データベース」を活用するよう呼びかけており、各
企業の取組を一覧化し、比較検討できるようにすることを目指しています。
取組の実施状況等が優良な企業は、厚生労働大臣の認定を受けて、認定マーク
「えるぼし」を商品などに付することができるという認定制度がもうけられまし
た。
女性活躍推進法では、国は、女性の活躍推進に資するため、国等の役務又は物件
の調達に関し、認定一般事業主その他の女性活躍に関する状況、取組の実施状況が
優良な一般事業主の受注機会の増大その他の必要な施策を実施することとされてお
り、地方公共団体には同様の努力義務を課しています(20条)。女性の活躍推進に
向けた公共調達及び補助金の活用に関する取組指針(平成26年8月5日男女共同参画
推進本部決定)も策定されています。そして、取組を実施した中小事業主や数値目
標を達成した一般事業主に対し、両立支援等助成金として「女性活躍加速化助成
金」を支給することとされています(雇用保険法施行規則139条)。
このように、政府は、女性活躍推進の取組について企業間の比較を可能にするこ
とで取組の促進を図るだけでなく、公共調達での優遇を受けることができる、助成
金の支給を受けることができるといったメリットを示して、企業に女性活躍推進の
取組を促しています*1。
5 世界の動き
2010年3月に、国連グローバルコンパクト(国連GC、企業のトップがGC10原則
に基づきCSRを実行することを盟約するプログラム)と国連女性開発基金は、企
業が男女平等と女性のエンパワメントに向けて自主的に取り組むことで企業活動の
活力と成長を獲得する指針となるようにと、「女性のエンパワメント原則
(Women’s Empowerment Principles)」*2を作成しました。2016年6月時点
で、世界の1239社(日本は216社)が支持を表明しています。
2015年9月の国連総会では、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採
択され、その中で持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals,SDGs)
の合意がなされました。具体的には17の世界共通の目標が定められ、その中に
は、「持続可能な消費と責任のパターンの確保」「気候変動に対する行動」などと
共に、「ジェンダー平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワメントを図る」
という目標が含まれています*3。
2016年の「G7伊勢志摩サミット」の首脳宣言でも、「すべての女性および女児
がエンパワーされ、持続可能で、包摂的で、かつ公平な経済成長に積極的に携わる
社会の創出にコミットする」という文言が盛り込まれ、行動原則として「女性の能
力開花のためのG7行動原則」も採択されました*4。
第3 女性活躍推進と様々な影響
1 投資家の注目
企業の環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の側面を評価するESG投資
が注目され、具体的なテーマとしては、気候変動問題(低炭素)、児童労働などと
共に、女性活躍推進も含まれています。これは、企業のESGの課題への取組を企
業価値の向上につながると評価するものです。①取締役会に一定割合の女性が含ま
れ、取締役会の多様性が確保されることが取締役会の機能改善につながる、②男女
の取締役候補者から人材を探す方が、広く適任を探すことができる、③女性をメイ
ンターゲットとするビジネスを展開している企業にとって、優れた経営判断を可能
にする等のメリットが認識されています。
公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、2015年9
月、資金運用においてESG(環境、社会、ガバナンス)の視点を反映させる国連
責任投資原則(PRI)に署名しました*5。GPIFは運用総額約130兆円の世界
最大規模の年金基金であり、2014年に日本株の保有比率の目安を12%から25%に
引き上げています。安倍総理は、ステートメントの中で、GPIFによるPRIの
署名は持続可能な開発の実現に貢献することになると述べています。GPIFは信
託銀行などを通じて間接的に株式を保有するので株式名簿には記載されませんが、
その投資方針は、株価への大きな影響力をもっています。
2 取引への影響
上記の通り、女性活躍推進法では、国は、国等の役務又は物件の調達に関し、取
組の実施状況が優良な企業の受注機会の増大をはかる施策を実施することとされて
おり、地方公共団体には同様の努力義務を課しています(20条)。女性活躍推進に
積極的であることは、公共調達の加点要素として受注に有利に働く場面が増えるで
しょう。
上述の国連「女性のエンパワメント原則」では、原則5として、「ビジネスの発
展、サプライチェーン、マーケティング戦略」が掲げられており、同原則を支持す
る企業は、自社において、女性活躍推進を実施するだけでなく、市場や地域におけ
る女性活躍も推進するため、取引先や調達先の選別やマーケティング戦略に女性活
躍推進の視点を取り入れることとされています。従って、これら企業との取引にお
いては、女性活躍推進の実施状況が考慮されることもあり得ます。
2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック競技大会の組織委員会
は、「持続可能性に配慮した運営計画」を策定し、大会の運営や調達に関連する企
業はこの方針に沿うことが必要とされました*6。具体的には、物品やサービスを調
達する際に、環境負荷の最小化を図り、人権・労働等社会問題などへも配慮された
物品・サービスを調達するものとして、調達における4つの原則を定め、例えば、
製造・流通過程において、人種、国籍、宗教、性別、性的指向、障がいの有無によ
る差別やハラスメントが排除されていること、環境負荷の低減に配慮していること
等が求められます。サプライチェーンにおいても本調達の原則の実現に努めること
が求められますので、直接取引をしない会社の取引にもその影響は及びます。
3 優秀な人材の確保
厚生労働省のHPでは、女性活躍の推進は、企業イメージの向上ひいては優秀な
人材の確保につながるという考え方が示されています。社内の多様性が確保するこ
とにより、男女を問わず働きやすい会社であるとして、優秀な人材の確保につなげ
ることが考えられます。
第4 結語
ガバナンス・コードはソフトローであり、説明することは求められても、コード
の内容をそのまま実施することが強制されるものではありませんし、女性活躍推進
法も、行動計画の立案・公表と情報の公表を求められるのみで、女性活用の何らか
の数値目標の実現を義務づけられるものではありません。女性活用に関して、企業
は具体的な法的義務は負わないものの、さまざまな形で、女性活用の社会的要請や
圧力を受けている状況といえるでしょう。
これらの社会的な要請を受けて、やむを得ず、他社と比して遜色のないように女
性登用を行っているのではあまり意味がありません。様々な社会的要請を参考にし
て、自社の企業価値を高めるために有益だ、これはいいと思われる点を取り入れ
て、会社をよくするために役立てられないか。女性活用についていえば、多様な人
材の登用を進めることで、組織を活性化して、新たな企業価値を創出しているか、
女性登用をどのように企業価値に結びつけていくかが重要であり、それによって、
投資家の評価も異なってくると思われます。
さらに、世界の動きを踏まえた新しいルールを積極的に作っていくことで、製品
やサービスに新たな価値を付加して、競争力強化につなげられないか。同じ品質の
製品であっても、児童労働や労働者の搾取をせずに製造した製品であり、紛争鉱物
を使用せずに製造した製品でないと購入されないようになってきたように、戦略的
に社会的要請に応えていくことが新たな付加価値創造につながる可能性があります。
以 上
*1 厚生労働省の女性活躍推進法特集ページhttp://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000091025.html 参照
*2 http://weprinciples.org/ 参照。7つの原則とは、原則1:トップのリーダーシップによるジェンダー平等の促進、原則2:機会の均等、インクルージョン、差別の撤廃、原則3:健康、安全、暴力の撤廃、原則4:教育と研修、原則5:事業開発、サプライチェーン、マーケティング活動、原則6:地域におけるリーダーシップと参画、原則7:透明性、成果の測定、報告。内閣府男女共同参画局のページ、http://www.gender.go.jp/international/int_un_kaigi/int_weps/index.htmlも参照。
*3 http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/15775/
*4 http://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/is_s/page3_001697.html
*5 http://www.gpif.go.jp/topics/2015/pdf/0928_signatory_UN_PRI.pdf