コラム

Column

第105回 親子会社間の法律事務の取扱いと弁護士法72条

近年、グループ経営の効率性・適正性を重視する大きな潮流のなかで、親会社や専門子会社がグループ企業各社の法律相談や専門案件の対外折衝を取り扱う傾向があり、そういったリーガルサービス(法律事務)を委託料などの対価を得て有償で反復継続した場合、弁護士法72条、77条3号(2年以下の懲役または300万円以下の罰金)に違反することにならないか、というご相談を受けることがあります。

この問題は刑罰法規の適用問題ですから、警察・検察の運用を踏まえ、最終的には裁判所の判断に委ねられるべきもので、個別の事案の具体的事情ごとに弁護士法72条の趣旨に照らして判断されることになります…とお答えするのが正解かもしれませんが、それだけでは予測可能性に欠け、企業経営の指針となりません。

そこで、過去および最近の議論状況をベースに、私個人の弁護士会経験や実務感覚を加味して以下のとおり整理してみました。一私見にすぎませんが、実務上参考になるところがあれば幸いです。

1 親会社が行う場合 ~ 完全親会社かどうかで違いがあるか?

規制改革実施計画(2016年6月2日閣議決定)に基づいて公表された法務省大臣官房司法法制部の見解(以下「2016年法務省見解」)では、親会社の子会社に対する行為について、「反復的かつ対価を伴うものであったとしても(中略)同条に違反するものではないとされる場合が多いと考えられる」例を7つ挙げています。

その例をみると、通常の親会社の行為は「一般的な法的意見を述べること」(1~5番目の例)とされているのに対し、100%の完全親会社の行為については「一般的な法的意見にとどまらない法的助言をし、他の法令に従いその法律事務を処理すること」(7番目の例)とされており[1]、完全親会社には、一般の親会社よりも広い範囲で子会社の法律事務取扱いを許容する趣旨が読み取れます。

これらはあくまで「一般論」としての「例示」であり、「規範」としての性質をもつものではないとされていますが[2]、2003年12月8日の法務省見解(以下「2003年法務省見解」)では、「完全子会社であっても、法人格が別である以上は『他人性』の要件を欠くものとして同条の構成要件に該当しないとすることは困難」とされており、完全親子会社であるか否かは、行為の違法性判断において重要な考慮要素となるものと考えられます。その意味で、少なくとも、完全親会社でない通常の親会社が、子会社に対し「一般的な法的意見にとどまらない法的助言」をしたり、「他の法令に従いその法律事務を処理」することは、弁護士法違反とされるリスクがあると考えておくべきでしょう。

もっとも、これに対しては、同じグループ企業内であれば、完全親子会社でなくても問題ないとする見解もありますし、日弁連が2004年に示した「グループ企業間の法律事務の取扱いに関する日弁連執行部の考え」[3](以下「日弁連見解」)では、「連結決算の関係にある親子会社間」という、より緩やかな基準が示されています。

たしかに、完全親子会社でない場合であっても、「正当な業務による行為」(刑法35条)として違法性が阻却される可能性もありますが、親子会社の実体はさまざまで、少数株主とのコンフリクトもあり得ること、弁護士法72条違反は会社だけでなく従業者個人も罪責に問われる可能性があること(同法78条2項:両罰規定)にも留意しておく必要があります。そのような点も踏まえ、私見では、通常、弁護士が業務として行うような行為、例えば、個々具体的な事実関係のもとに具体的な法律解釈を示して法的助言を行ったり(=「一般的な法的意見にとどまらない法的助言」)、債権回収行為、あるいは、事件性のある案件について警告書を発して示談折衝を行う(=「他の法令に従いその法律事務を処理する」)などの行為を、反復継続的かつ対価を伴うかたちで行うような場合は、少なくとも完全親子会社間に限っておくのが望ましいと考えています[4]

2 完全子会社が行う場合

では、例えば、債権回収や知財を専門とする完全子会社を設立し、その完全子会社が完全親会社の法律事務を有償で取り扱うことはどうでしょうか。

これについて2016年法務省見解では明示的には例示されておらず、一私見にすぎませんが、100%の完全子会社[5]の場合は、親会社が自ら直接行うのと事実上同視でき、2016年法務省見解の7番目の例に準じて考えてよいのではないでしょうか(これに対し、完全子会社でない通常の子会社の場合は、上記1で述べたところと同様です。)。

少なくとも、昨今におけるグループ経営の適正性・効率性強化の要請の高まり(会社法362条4項6号等)やそれらを踏まえた社会全般の動き、最高裁判例[6]で示された弁護士法72条の立法趣旨などに照らせば、完全子会社が法律的観点での相応の専門性を備えるなど一定の要件[7]を満たすときは、「正当な業務による行為」(刑法35条)として違法性が阻却され、弁護士法72条によって禁止される行為に該当しないと解することにも相応の理由があるものと考えます。

3 まとめ

以上、法律事務を取り扱う主体の面から2つのケースに分けて整理してみましたが、グループ企業間で他社の法律事務を取り扱うケースはこれ以外にもいろいろなパターンがありそうです。

グループ企業間で法律事務を有償で取り扱う場合、グループ外の第三者の法律事務を取り扱ってはならないことは当然ですが、さらに完全親子会社間に限定することによってリスクの低減を図ることができるのではないかと考えます。

ただし、その場合も、違法性の有無は個別具体的事情に基づいて判断され、その判断にあたっては、行為の内容や態様だけではなく、親会社・子会社の目的やその実体、当該行為を親会社(または子会社)がする必要性・合理性その他の個別の事案ごとの具体的事情が考慮されることになりますので、間違っても、紛争介入目的で親子会社関係を作出したなどとされることのないよう、専門家の意見も徴しつつ十分に留意してご対応ください。

 


[1] 正確には、「業務の適正が監督官庁による有効な監督規制を受けること等を通じて確保されている完全親会社が、その完全親会社及び完全子会社から成る企業集団の業務における法的リスクの適正な管理を担っている場合において、その管理に必要な範囲で、当該完全親会社及び完全子会社の通常の業務に伴う契約や同業務に伴い生じた権利義務について、一般的な法的意見にとどまらない法的助言をし,他の法令に従いその法律事務を処理すること」

[2] 2016年法務省見解の位置づけについて当事務所の弁護士が担当部に照会した結果によれば、例示部分はこのような場合であれば許容される場合が多いという例を示したものに過ぎず、当該具体例自体が規範となるものではない、とのことでした。

[3] NBL779号18頁

[4] 2016年法務省見解では、①監督官庁による監督規制を受けること、②企業集団の業務における法的リスクの適正な管理を担っていること、③その管理に必要な範囲で、といった諸事情を挙げている点にもご留意ください(前記脚注1参照)。

[5] 2003年法務省見解は、たとえ100%の完全子会社であっても法人格が異なれば「他人」の構成要件に該当し、それはどんなに近いグループ企業でも異ならないとの前提に立つものです。これに対しては「経済実態や社会性をあまりに無視した形式論」とする批判もあるところですが(例えばNBL779号12頁[中川英彦教授])、もしその前提を構成要件から外してしまうと、事件屋、整理屋、暴力団などの反社会的勢力が巧妙に完全子会社の外形を作り出し、悪質な手口を使って弁護士72条の立法趣旨(構成要件該当性)を潜脱する事態も想定されます。そこで、上記前提に立ちつつ、一般的な構成要件解釈によってグループ企業間での法律事務取扱いが同条に違反しない範囲を画そうとしたのが2003年法務省見解だと解されます。

[6] 最判1971年7月24日刑集25巻5号609頁、最判2002年1月22日民集56巻1号123頁(ただし、弁護士法73条に関するもの)、最決2010年7月20日刑集64巻5号793頁、最決2012年2月6日刑集66巻4号85頁

[7] 日弁連見解では、「親子会社のいずれかが株式を証券取引所において上場しまたは店頭公開しており、各会社の関係および決算内容が公開されて明確になっているものであること(明確性)」「法律事務を取り扱う部門については、法律的観点での相応の専門性を備えているものであること(弁護士が関与していることや担当者が一定の経験を有しているか必要な研修を受けていること)(コンプライアンスの担保)」などを要件としている点が参考になります。なお、2016年法務省見解については、前記脚注1、同4ご参照。